映画の中の英国紳士
英国紳士の着こなしは、いつの時代も変わらない永遠のスタンダードです。
古い白黒映画の俳優はもちろん、『007』のジェームズ・ボンドや『キングスマン』のハリー・ハートに代表されるイギリスのムービーヒーローは、その映画の内容がコメディであってもラブロマンスであっても、常にマナーとエレガンスを失いません。
ときに優雅なディナーに、ときに激しいアクションに明け暮れる彼らのかっこよさの一因が、そのスーツスタイルにあることは、疑いようのない事実でしょう。しかし、スーツの着こなしのみならず、そのスーツに使われている生地にまで、英国紳士の哲学が織り込まれているということは、あまり知られていないのかもしれません。
このコラムでは、彼らのブリティッシュスタイルを陰で支える、英国生地の魅力についてお話します。
英国生地の特徴
英国生地は、イギリス紳士階級の気風をそのまま反映しています。ひとことでいえば、質実剛健。どこまでも上質であることを追求しながらも、決してそれを見せびらかすことのない慎ましさ。そんな紳士の美学を満たすために、英国生地メーカーは珠玉のファブリックを生産し続けています。
イギリス生地の特徴は、なんと言っても、密度の高い打ち込みから生まれるハリとコシです。表面の感触はやや硬めで、滑るようになめらか。それでいて弾力に富んだその生地は、立体的で美しいドレープを生み出し、表面に一目で高級と分かる上品な光沢をまといます。
また、伝統的な英国生地では、経糸緯糸ともに双糸を用います。そのぶん生地も重厚となるのでシワになりにくく、スーツに仕立てた際、柔らかく薄い生地のものに比べ、シルエットが格段に構築的(崩れない・へたらない)となり、仕立て映えするのです。
着用者の体にフィットしながらも、常にスーツとしての美しい形を保ち続ける英国生地は、どんなときもマナーとエレガンスを忘れない、英国紳士の姿そのもののようです。
イタリア生地との違い
英国と並ぶ、もうひとつの生地生産の中心がイタリアです。イギリス人が格調高いジェントルマンであるなら、イタリア人は派手好みな伊達男。彼らの信条は、華やかな色柄やソフトで繊細な生地を軽やかに着こなすことです。おもしろいほどに、両者の思い描くダンディズムの違いが、そのまま生地の違いに反映されているのです。
もちろん、両国の自然環境も、それぞれの生地に大きな影響を及ぼしています。寒冷で曇りがちなイギリスでは、風雨を通さない目地の詰まった生地が実用的ですし、ダークグレーやブラウンといった、温もりある色も好まれます。
一方、温暖な地中海に面したイタリアでは、生地の風通しを良くして涼しさを確保し、その明るい日射しに映える鮮やかな発色が、彼らのスーツを彩ります。
各国の生地やファッションスタイルの背後には、その国の歴史や風土、そして、そこから生み出された国民性があります。そういったバックボーンを理解することで、自分の嗜好や着用環境に適したスーツを選ぶことができるようになります。
英国生地の定番柄
英国生地の魅力は、生地の品質だけにとどまりません。何よりもまず目を引くのは、そのクラシカルな柄の数々ではないでしょうか。
ハウンドトゥース(千鳥格子)は田園や狩り場などのカントリーを連想させますし、細かなハウンドトゥースが形を変えながら連続するグレンチェックなどは、もはやこれ自体がブリティッシュファッションのアイコンとなっています。さらに、グレンチェックにウィンドウペーンを組み合わせたプリンスオブウェールズは、かつて皇室の男性が愛用した柄であり、それがネーミングとなっているあたり、ロイヤルファミリーを戴く英国人のプライドを垣間見るようです。
その他にも、スカートやマフラーに多用されるタータンは、それぞれの部族に固有の色柄があり、紋章のような役割を果たしていたと言われます。また、代表的なタータンであるブラックウォッチが「黒い見張り」という意味であることからも分かるように、中には軍服に由来するものもあります。
これらの柄はすべて、経糸と緯糸の織り方によって生み出されます。できあがった生地にプリントするものではありません。織り手が工夫をこらした意匠の数々が長い歴史の中で蓄積し、現代のバンチブックに収められているのです。しかもそのルーツは、小さな工房や各家庭で生地が織られていた時代に遡ります。英国の代表的な柄に穏やかな温もりが感じられるのは、それを生み出した人たちによる、手仕事の痕跡が宿っているからかもしれません。
英国生地ブランド
英国生地メーカーの中から、Goodmanでも特に人気のものを紹介します。
FOX BROTHERS(フォックスブラザーズ)
バンチブックに描かれた狐(フォックス)が印象的な、その名もフォックスブラザーズは、イギリス南西部サマセット州ウェリントン発祥の老舗ミル(生地生産業者)です。いまや、秋冬の定番生地となったフランネルは、もとはフォックスブラザーズの製品であり、同社の代名詞というべき存在です。1772年の創業当初は、手織りの小さな工房で生地を織っていましたが、産業革命の進展とともに生産を拡大し、やがて英国陸軍の軍服用に、代表的な毛織物であるサージを提供するようになりました。このように、フォックスブラザーズは機械化する繊維産業の中心を歩みましたが、一貫して、その原点である手仕事への信頼を失ってはいません。手作業による素材の選別や、職人による機械の操作などにより、世界最高峰の品質がいつの時代も保たれ続けています。
Harrisons of Edinburgh(ハリソンズオブエジンバラ)
赤いバンチブックが目を引くハリソンズオブエジンバラもまた、イギリスを代表する名門マーチャント(生地商社)です。1863年、のちにエジンバラ市長になるサー・ジョージ・ハリソンによって設立されました。その品質の高さは、世界中の一流テーラーで取り扱いがあることや、チャールズ現イギリス国王をはじめ、世界中のエグゼクティブに愛用されていることからも容易に想像できます。ハリソンズオブエジンバラの生地生産は、「最上級の原毛が、最高級の生地を作り上げる」という哲学に基づいて行われています。その言葉どおり、羊毛の生産から徹底的にこだわるハリソンズオブエジンバラは、英国らしいしっかりとした打ち込みの生地はもちろん、軽量のものや秋冬向けのものなど、着用者のニーズに合わせた多彩な製品を常にラインナップしています。
この他にも、
TAYLOR & LODGE(テイラー&ロッジ)
JOHN FOSTER(ジョンフォスター)
MARLING & EVANS(マーリン&エヴァンス)
Moon(ムーン)
などの英国生地メーカーはもちろん、
DORMEUIL(ドーメル)
SCABAL(スキャバル)
など、英国生地を得意とするマーチャントも、Goodmanでは豊富に取り扱っています。
英国生地という選択
ここまで英国生地について、その魅力や知識などを紹介してきました。イギリスは紳士服発祥の地であり、英国生地には、まだまだ語り尽くせない逸話が数多くあります。
オーダースーツ Goodmanでは、そのようなルーツを知ることで、より深く、お仕立ていただいたスーツに愛着を持っていただけると考えています。単に生地の色柄や価格で選ぶのではなく、歴史や製法、ブランドヒストリーなどにも目を向けていただき、生地を選ぶ際の参考にしていただけると幸いです。
英国生地によって仕立てられたスーツは、伝統に裏打ちされた製法と、その質実剛健な気風によって、長年の着用を可能にする耐久性が保証されます。さらに、無地や定番柄のものを選べば、短期間で移り変わる流行に振り回されることもないでしょう。まさに、一生を共にする相棒として、これ以上に頼もしい一着は考えられません。
美しさと実用性を高いレベルで兼ね備えた英国生地は、初めて仕立てる方にとって、安心して選択いただける定番であると同時に、世界中のジェントルマンが最後に辿り着く、究極の原点でもあるのです。